実は引っ越してからずっとWi-fi接続に苦戦していて、昨日の夕方プロバイター会社に電話をしたらようやく私のPCに光が訪れました...!はあ長かった。
さて、大学の授業が始まり、今日で約2週間になります。
私はドイツ語学科に所属しているので毎日ドイツ漬けです。
ドイツについては無知からのスタートなので、はじめて知ることが沢山あってとても楽しい。
今回はその中で特に印象に残ったことを記そうと思います。
ドイツは地図をみればわかる通り、すごく北の方に位置しています。
教授が言うには、そういう寒くて暗~い所にいると人間はどんどん内省的になるんだそうです。
気分の落ち込みは脳内の神経伝達物質の減少によって起こるそうなんですが、その物質は日に当たることで分泌が促進されるんだとか。光合成みたいで面白いですよね。
北欧の地域のイルミネーションがあんなにも豪華で美しいのは、無意識にでも彼らに光が必要としているからかもしれません。
話が少しずれましたが、寒くて暗~いドイツ出身の芸術家たちは自らの悩み、心の中にある悲しみ、メランコリックな心情を芸術作品に込めていました。外部的なものよりも、人間の内面に重きを置いてその葛藤や理性と感情の対立を表現(ausdrücken)したんです。そういった作品を総称してドイツロマン派と呼ぶそうですが、私は今そのロマン派の虜になっています。
その中でも特に興味を持ったのが彼、Caspar David Friedrich カスパー ダヴィト フリードリヒ (1774-1840)。
彼の作品はしばしば《悲劇的風景画》と呼ばれています。彼の描く自然には美しさと共に不思議な、精神的な‘なにか’が感じられます。おばけとか、そういうのじゃなくて、彼自身から発せられる孤独で静寂な‘なにか’です、表現力が乏しいのでうまく言えませんが伝わってほしい。
”神はどこにでも存在している。”という言葉を彼は残しています。ガンジーにも似たような名言がありますが、フリードリヒの場合は自然の神格化、すなわち神も自然界に共存しているという、観念的な考えです。そんな思想が彼の描く自然を崇高でありどこか恐ろしい雰囲気にさせています。
私は死や悲しみ、絶望をテーマにした芸術作品を鑑賞するのが好きなのですが、それは私の心が病んでいるわけではなく、そこは必ず‘生’が存在するからです。‘生’なしに‘死’は表現できないし、その作品を生む作者は意図せずとも自らの苦しみを誰かに気づいてほしくて作ったはずです。
その見えない叫びに美しさや力強さを感じます。ドイツロマン派芸術も同様に、それぞれの作品に作者のメランコリーが含まれています。もし鑑賞する機会があれば、絵の美しさだけじゃなくその陰の部分にも焦点を当てて、彼らの叫びや願いについて考えてみるともっと楽しめるかもしれません。
Yuki先生、ご無沙汰しております。ドイツ人はあまり謝らないイメージがあるんですが、先生どうお感じですか?自分がブリテン島、もしくは左隣りの島ばかりに行って、大陸をよく知らないせいでしょうか? ちょっとズレてる気はしますが、長年気になってたんです!
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